メデュシュタデス(※捏造)
 

「疲れた」
そう言ってシュタインは持っていた武器、つまりは俺を乱暴に地面に放り投げた。
「てめぇ!シュタイン!お前人を何だと思ってんだ!」仮にも先輩だぞ先輩。それを捨てるとはどういうことだええこら。いい度胸じゃねえか。
「だって疲れたんだよ、しんどい」
「ああ?お前さくっと倒してたじゃねーか」
「違うよ」
分からないんだよ、とシュタインは言った。
「悪人だって、魔女だって人間でしょ」
そう言ってシュタインはゆっくり目を閉じた。


あいつは獣を飼ってる。筋肉の美しい肉食獣。ビロードのような毛並みの。きっと真珠のような牙だろう。瞳はダイヤモンドのように冷たく光る、それは虎かもしれないしあるいは鷹のような猛禽類かもしれない。桜の枝のように鋭い爪。何にせよ血に餓えている。だけど喰い殺される恐怖にいつだって、怯えてるんだ。



「最近お前寝てないだろ」
シュタインは気だるそうにソファーに寝転がっていた。
メデューサの一件が片付いたと思ったら次はアラクネ、さらに阿修羅やら何やらが堰を切ったように死武専に畳み掛けてきて、教師も生徒も駆り出されまくっていた。さらに今後の動きについて朝から晩まで職員会議を開いていて、肉体的疲労が溜まっているはずだった。やっとできた休憩時間は一日が終わりかけていた。俺はコーヒーを二人分入れて、シュタインに差し出す。シュタインは起き上がり、お礼を言って静かにカップに口をつけて言った
「まあ流石に少しは寝れていませんね。この忙しさですから」
「全然だろ」
と俺は言った。
「あー…なんかもうあいつらももっと暇な時に来いって感じですよねー」
悪態も苦笑も疲労が見え隠れしていて、いつもの微笑みが歪んで映った。俺は何故だか胸が苦しくなった。
「今から無理すんなよ」
「先輩もでしょ」
「俺はいいよ。戦えるから。でもお前はメデューサを倒せるのかよ。お前、彼女を結構気に入ってただろうが…魔女として」
「呆れますか?職人なのにって」
「弊害にならなければいいんだよ。」
「…彼女を気に入っているんです」
とシュタインが言った
「お前はいつもそうだ」
「繊細なんですよ」
シュタインは肩をすくめる。
「馬鹿なだけだ」
知らない奴には容赦ない、が少しでも魂の機敏に触れるとこいつは途端に鈍くなる。嘘みたいに馬鹿みたいに。だからこいつは人を寄せ付けない。柔い、弱いのだ。芯の部分が。線引きが、軸がブレるのだ。いつだっただろうかシュタインが戦闘を放棄したことがあった。あの時の相手はたしかいきつけの飲み屋の店主だった。会話はあまりしたことがなかった。ただの顔見知り程度。なのにシュタインは動けなくなった。

ーねえ先輩、悪人と魔女と俺の違いは何でしょうね。やってきた事はかわらないよ。人を傷つけた。でもこちらは許されるんです。どうしてですか。能力があるから?だったら俺の魂の値段はいくらですか?…別に正義の所在が知りたいわけではないんですけどね。ああもう羅生門気取って。ほんと何様でしょうね、
(死神さまは、と続けたかったに違いない)
結局を魂をとるのに4日かかった。


「…彼女にトドメをさすなら、マカかな。あの子は優秀だからきっと冷静に戦える」
「さあな」
「また俺は失うのかな、喪うのかな」
「戦争だからな」
「守れたらいいのに」
「対象を間違えんなよ」
シュタインはこちらを一瞥してわかってる、と呟いた
「先輩」
「何だよ」
「しようよ」
そう言って長い腕が伸びてくる
「寝ろよ」
「寝れないんだよ」
瞼の裏に、過去の亡霊が立つから。なんて言う。なんだよそれ、わからない。分かりたくもない。ネジが刺さった頭の中なんか。
「ひどい」
そういって乾いた声で笑う。なんで笑うんだよ、泣きたいくせに。ああもうこいつは本当にわからない。俺は馬鹿だから分かるはずもない。なんで俺が泣きたくなるんだよ。って本当に泣けてきた。
「なんでアンタが泣くんですか」
「うるさ…っ」
いよいよ止まらなくなった涙をシュタインが舐める
「久しぶりに泣き顔みた。可愛い。」
「可愛いって…俺が何で泣いてんのか…ああもう畜生止まんね…」
俺は必死で涙拭うが、シュタインが腕を掴んできたので身動きがとれなくなる。
「俺は先輩がいればいいのに」
シュタインそう言って肩に顔をうずめてきた。
「アンタの優しさが俺を殺すんだ」
俺はシャツがシュタインの涙で濡れるのを感じた。



なのに抱きしめるには色んなものを支えてきたこの腕は重すぎて、お前の透けた背中を見通すにはこの目は霞んでいるんだ。
inserted by FC2 system