「この世に必要なのはロックだよ、アリス」

私がそろそろこの世界に退屈を覚えはじめ、意味などとうの昔に失った黒板の数式ですら厭いはじめたころにオズはそう言った。
死んだような街の一角にある私たちが通う学校、その一番高いところである屋上で寝そべっているところにオズは颯爽と現れた。
いつもつけてる真っ白なヘッドホンはずいぶん見ない間に汚れが目立ち、いつも抱えてるギターケースもボロっちくなっているのを全然気にしないで、
まるで宝物のように抱くオズはいつものように金髪を風になびかせていた。
「そんなことばかり言ってるからお前はギルバートに目をつけられるんだ」
オズは国語の担任のギルバートによく注意される。ギルバートは他の教師の中でも特に真面目なのでなにかにつけてはオズの髪の毛や服装を注意するが
それでいてオズはオズでまるでわざと見つかるように過ごしているようで馬鹿だな、と思う。
「そういえばさあ、」
 「アリス最近なんか真面目じゃん。授業とかちゃんと出てさ。」
どうしたの?と大きな瞳が瞬く。その時ふとオズはきっとこの瞳を持ち続ける永遠に少年なのだろうなと思った。
(なのに時たまオズはいつもその少年性の裏にふと嘘くさい笑顔をする。)
「…教師がよくいうんだ。」
うん?とオズは首をかしげる
「スカートを短くして、目の周りを真っ黒にして、愛だ恋だと叫ぶのは馬鹿がすることだって」
そう言うとオズはハハッ、と吹き出すように笑った。あまりに気持ち良さそうに笑うので、ずっと見ていたいな、とぼんやりと思った
「俺は好きだけどね」
「めんどくさい事は苦手なんだ」
「めんどくさいって理由で真面目になるんだ」
「あと、こそこそ動くのは嫌いなんだ」
校門前にさっとスカートをのばしたり、机や教科書に携帯を隠してメールをしたりするのを残念ながら私はうまく出来ない。
いつもタイミングが遅れたり見つかるし、オズのように成績も良くないから黙認もされない。
廊下で捕まる度に教師がまたこいつか、とげんなりした顔を浮かべるのも癪だったし何よりギルバートにばかうさぎ、と言われるのが何故だか我慢ならなかった
つまり要領がわるいんだ、そういうとオズは何故か少しだけ羨ましそうな、嬉しそうな顔をするけど私にはわからない。
世界には分からない事ばっかりだ。(だけどロックは必要じゃない事だけは分かる)
「ギターを掻き鳴らしてアンプ使って喚くのも同じだろ」
くだらない、と私は呟いた。くだらない。何を根拠にそんな理想論を掲げているのだろう。ドロドロに溶けた現実を掬って。
「それって俺が馬鹿ってこと?」
「お前も、お前の周りのバカな友達もだよ」
「ロックじゃないよ、アリス」
ばかか、と言うとオズは何がそんなに愉快なのか楽しそうに笑う
オズは成績はいいが私よりずっと馬鹿だと思う。何度言われても快活に笑ってごまかすし、その笑顔に周りが大騒ぎしているのに気付こうともしない。
自分のギルバートへの思いも、ギルバートからオズへの思いも。
それでいて綺麗な飴色の髪をなびかせて、細長い腕を動かして弦を爪弾き、曲を奏でるのだろう。
「今度さ、ライブやるんだけどボーカルがまだ見つかってないんだ。女の子がいいんだけど。ねえアリス歌ってよ。」
「お前のギターで歌いたいたい女子なんて腐るほどいるだろ」
「うちの学校って進学校だから何やっても堂々としている女の子ってなかなかいなくてね」
「つまり私に怒られろということか」
「いいじゃん。大きなシュシュをつけて、じゃらじゃらしたストラップを鳴らしなよ」
私は盛大にため息をつく。ばかか。怒られるには違いないが、お前はきっと見て見ぬフリをされる。つまり私だけが怒られるんだ。
 「オズみたいにうまい笑い方ができない」
「アリスはそんなの習得しなくていいよ」
なんでだ、そっちの方がずっとスマートに渡っていける。悪目立ちさずに上手に泳げるだろう、と言うとオズは何も答えずに小さく微笑み、私の髪をそっと掴んだ
「さわるな」
 
教師は最初から異なる世界の住人だったし、黒板に書かれた数式はずっと前に理解の範疇を超えた。なのに冬が過ぎて春がくれば私たちはもう受験生だ。
鬱屈し、テンプレート通りの反抗を示し、世間に馬鹿にされ、世界を馬鹿にし、それでも、
「叫ばずにはいられないんだろうな」
その横顔に胸を高鳴らせずにはいられないんだ、と呟くとオズはなんて言った?と尋ねてくる
「なんでもない」
「えーなにそれ」
どうせ座ってピアノを弾けるわけでもない。

 
 
 
オズアリはなんかお互い憧れてればいいなあ

You were everything, everything that I wanted
We were meant to be, supposed to be, but we lost it
And all of the memories, so close to me, just fade away
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