闇は生き物だ。光がないだけとはちがう。それは確かに息づき、闇そのものが空間を形成し、一体となって働きかける。幾度となく繰り返される夜に、俺は何度も何度も意識を廻る。

リズミカルな上下運動になぜだか思考はクリアになる、
「、っあ…シュ、」
それは視角が闇によって侵されるかわりにその他の感覚が鋭敏になるからだろうか。頭がくらくらするのは身体が溶け込む錯覚を覚えているからだ。
「先輩…好き」
「…っ、」
ようやく目が慣れてきて
甘いミルクのような情交を、堪えるためにただただ天井のしみを数えていた。そしてまた思考をする。



「刷り込みってしってるか?」
「何ですかいきなり」
シャワーを浴びて出てきたシュタインにそう聞くと、怪訝そうな、だけど幾分機嫌がよさそうな声色でそう返ってきた。
「別に。なあ、刷り込みってしってるか。」
「雛鳥が最初みたのを親と思うやつでしょ。インプリンティング」
昔、本で鳥の玩具のあとを着いていくガチョウの雛の写真でみたことがあるとシュタインは言った。
「そうだ」
「それが何か」
「お前は俺を親鳥だと思ってるんだよ。」
その言葉にシュタインは固まった。雫が一滴床に落ちた。
「…最初はそうでした」
「だろ」
とスピリットはうなずく
「だけど今は俺はあんたを好きだよ」
「やめてくれよ俺を好きだとか愛してるとか、」
暗い部屋にスピリットを掠れた声が響いた。それは懇願にも似ていた
「何それ、訳がわかりませんいきなり」
冗談にしてはたちが悪い、だと言うよにシュタインの声には怒りが孕んでいた。
「別にわかんなくたっていいよ」
「俺が嫌いになった?」
「それは違う」
シュタインの顔が、みるみるうちに青ざめていった。なんで?と全身が訴えかけていた。
「…好きなんだよ」
すがりつくようにシュタインは言う。
「止めろよ」
「やだよ。離れたくないよあんたがいいんだよ!!」「止めろって」
「何度でも言ってやるよ、俺はあんたが好きなんだよ!」
「止めろ!!!」
スピリットの部屋に怒声が響いた。シュタインはようやくスピリットが本気なのだと理解した。
「なんで?」
息を切らしながら、シュタインが尋ねる
しばらくの無言の後、スピリットは小さく呟いた
「俺は…元奥さんだけを愛していたいんだ」
「…それが本音か」
「悪い」
「いいよ。わかってたから。ねえ、本当に俺が嫌いになったんじゃないの?」
「本当に違う」
「ほんとうに?」
「俺の我が儘だ。なんかもう嫌なんだよ。恐いんだ。わかんないけど、だけど俺は一つの事しか数えられない」
「それで俺は数え切れなかったわけだ」
とシュタインが淡々と答える。予想よりもかなりあっさりとした対応に、不謹慎に悲しくなった。
「底なしに甘えてくるのが恐いんだ。」
「だけど俺は」
その時のシュタインは笑っていたような気がするけど闇に蝕まれた空間では判別がつきづらい。笑っているのか、泣いているのか。
「あんたのことが。」

シュタインの声が途切れる。たぶん闇に溶けたのだろうと思った。
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