これは、わたしのせいなのだ、と思った。
博士は「絶対君のせいじゃない」と言っていたけど、違うと思った。二人の別れは私のせいだ。きっとあの人たちは私を思って、別れたのだろう。
だってパパと博士のつながりはどんな職人に作られた武器でも壊れないぐらいに強固だったし、何より私はパパと博士が本当に優しい事を知っていた。


あの喧嘩は、私が悪かったと思う。
確かに裏切りにも似た事をしたのはパパだけど、浮気なら今まで何度だってしてきたのだし、まあそれは確かに許せないのけど、博士との浮気だけ今までとは比べものにないぐらい怒るってのは、やはりフェアじゃないと思う。
一方的な我が儘だった。我が儘で、理不尽で、子供だった。自分でも信じられないぐらい汚ない言葉を言ってしまった。今でもパパの悲しい顔が目に浮かぶ度に後悔の念が、心に焼き付いている。
後から何度もごめんなさいと言っても「マカが謝ることじゃない」と言われた。
だけど違う。あれは自分やママに対する怒りだけじゃない。あれは嫉妬だったのだ。私の、パパに対する。

「シュタイン博士ってほんと近寄りがたいよな」
それは何気のない会話。人間関係を円滑にするジョーク。潤滑油。
だから私はちょっと苦笑しながら「まあまあ」と言えばよかったし、言うつもりだった。なんだって大切な仲間との関係をギクシャクする必要がある?
なのに口をついてでた言葉は少し怒りを孕んだ、落ち着きのない声だった。
「違う、博士は本当は優しいんだから。」
たぶん、その大きな声に一番びっくりしていたのは自分だ。ソウルは特に反応することはなくて「あいつの肩持ったっていいことないぜ」と不服そうだった。椿ちゃんは「でも確かに、いい人だよね」とほほ笑んでいた。
それでその話題は終わったが、わたしだけが、そのときの感情に取り残されることになった。
疑問を確信に変えたとき、私は、はじめて自分の想いを自覚した。それと同時に知ったのは、好きになったのはずっと前からだったということ。
その時にはパパと博士の関係は知っていて、ながい、熱い冷戦も平和に条約が結ばれて終結した。
目をつぶって結ばれた条約とその光景を瞼の裏に描き出す。少し微妙な表情のパパの顔と相変わらず淡々とした博士の顔。私はたぶん、すっきりした顔だっただろう。
パパが守る事項は一つ「私とママを忘れないでいること」
博士が守る事項も一つ。私が出した、約束。
「パパをずっと大切にすること」
ゆびきりげんまん。

後ろめたさが私を襲った。何度も何度も忘れようとしたのに、あの人が頭から消えることはなかった。
忘れようと思えば思うほど、強く焼き付くことになった。あのひとの傍で笑えることが幸せだと思ってしまうぐらいに。
だからせめて応援しようと思った。ママには悪いけれど、傷つけてしまったかわりにパパと博士を守ろうと思った。贖罪のためと、何より二人を愛していたから。
二人はいいパートナーだと本当に思う。お互いを上手いぐらい補って、信頼していた。博士は本当にパパを愛しているのだと分かった。
それに、パパは気付いてないかもしれないけれど、パパも博士を愛していた。否定するだろうけど。

置いてきた小さな恋心に痛む事はあったけれど、博士が気付くことはなかった。それでいい。ちっぽけな恋心よりもっと大きな感情に包まれて過ごしていてほしい。あなたも寂しい人間だから。
私が好きになったのは、そういう博士の寂しい光なのだけど、それよりも今は幸せになってほしいと思う。温かな光のなかで笑っていて欲しいのだ。

「私のせいなのでしょう、博士。」
これは贖罪だ。私の私の対するけじめ。そのために私は、小さな嘘をつくことを決めたのだ。
 
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