ネタバレあり

 

僅かな彼女との邂逅、雲が晴れた、つかの間の晴れ間に、切望していた夢を見る。

「久しぶり。…これは夢なのかな」
「あなたがそう思うのなら、それでいいわよ。」
「なんにせよ君にまた会えたのは嬉しいよ」
「私もよ」
「今度はまた雰囲気が変わったね」
俺はそう言って、彼女の方に顔をむける。月明かりがヴェールのようにあたりを柔らかく照らしていて、その下で新しい容姿の彼女ー黒髪の、

シックな身なりで以前よりぐっと大人っぽくなった彼女ーはとても雰囲気と合致していた。
「前とどっちが良い?」
そう言って黒髪を少しかき上げる。
「子どもの姿も可愛かったけど、今も綺麗だよ」
「それは良かった」
そう言って、彼女の紅をつけた口元が緩んだ。
「なんていうか、君もなかなかしぶといよね」
「あら、知らない?蛇って執念深いのよ?」
「そうなんだ?」
「そうよ」
そう言って、見るだけで人を石にしてしまう蛇の化け物の話をした。(しかし元々は美しい娘で、ある女神の怒り、突き詰めると嫉妬によってそのような姿に変えられてしまったのだという)
「その話だと蛇っていうか、あれだね。女は怖いって感想になる。」
そう言うと彼女は「そうね」と言って笑った
「女のそういう話は腐るほどあるのに、男のはあまりない気がするわ。」
そう言って、彼女はまた幾つか例を上げた。悪霊となって恋敵を殺す身分の高い女、再婚した旦那の女房に呪いをかける話ー俺の知らない所で色んな事をしている彼女は色んな所を巡っているようで、
そう言った知識に長けていた。こういって異国の話ばかりをしているとアラビアンナイトみたいだな、と思った。成る程、彼女の黒髪はどことなくエキゾチックな趣があった。
「だけど男もなかなか危険だ」
「知ってる」
そう言って彼女はまた意地悪そうに笑った。
「鎌とはどうなの。」
鎌、とはどうやら先輩の事を指してるらしかった
「別に、どうってことないよ。いつも通り。」
「いつも通りに安泰?」
「いつも通りに戦争。いや俺が一方的なんだけど」
「いつまでもそんな事やってると長くは続かないわよ」
「分かってる」
そう言って、俺はタバコに火をつけた。ゆっくり空へ伸びる煙を彼女は目で追う。
「鎌もあなたを大事にしてあげればいいのに。あなたの最後の晴れ間なのだから」
「知ってるよ、先輩自身も」
と俺は言った。自分の中に、光の世界と闇の世界が脆さと頑なさのように、避けがたく結合していて、脆さが、翳りが侵食している事はなんとなく気づいていた。そして、先輩も。
「私は闇の時間に会うのだけど。」
彼女の透き通った声が暗闇にのびた。
「髪の毛は金色の方が月の精っぽかったけどね」
と俺は言った。
「あなたって、真面目な顔して面白い事を言うのね」
新発見だわ、と彼女は笑った。すこしきつめの印象の、新しい容姿での笑顔はとても魅力的だった
「君が魔女じゃなかったら良かったのに」
「嘘でしょ」
「嘘だけどね」
俺は魔女と職人という大きな壁に隔たれた彼女との距離感が好きだっだ。織姫と彦星ではないけれど。
「相変わらず臆病風ふかしてるのね」
そうだね、と俺は苦笑する
「正しい世界で生きるのは大変よ」
彼女はそう言ってそっと俺の手を掴んだ。
「痛いぐらい知っているよ」
「それでもこっちに来ないのね」
「行かない。残念だけど。」
「そう」
そういって彼女しばらく俺の手を握っていたが、やがて名残惜しそうに手を離した。
「ねえ、私はあと何回あなたに会えるのかしら」
それは自分にも分からない、と俺は言った
「私はあと何回あなたにお別れを言えるのかしら」
「できればこれが最後でありたいけどね。」
それは本心だったのか、今でもわからない

起きたら彼女はいなかった。
彼女のいた痕跡を探してみたけれど、髪の毛はおろか、そこにはぬくもりさえ残っていなかった。

 
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