ブレイクさんに嫉妬するオズ 

 

 

 

 それはスローモーションのように緩やかで、柔らかだった。
「あ」と声を出す頃にはギルバートの体は大きく傾いで、地面に倒れこんだときはオズは「ああー」と間抜けな声を上げていた
「やっぱりな」
ギルバートの得意な事は無茶をする事だった。主人に、自分のために。
それでいて主人の労りだとか、忠告の言葉は無視し、疲労という言葉がべったりと泥のように貼り付いているようになるまで働き続けるのだ
(もっとも、本人は隠しているつもりだろうけれど)なのでこれは当然の結果で、むしろオズは強制的であるにせよこの頑固な従者が束の間の休息を得たことに安心すら覚えたのだった。

「これでも老体なんですから少しは労って欲しいですよネ」
流石に一まわりも大きな身体のギルを運ぶことはできず、かといってそのまま放置することも出来ないので、
人手を呼ぼうと屋敷内をうろうろしていたら丁度ブレイクがいた。事情を説明すると至極嫌そうな顔をしたが、結局しぶしぶながらも承諾してくれたのだ
俺があれだけ四苦八苦したのにもかかわらず、よっ、と一瞬の内にブレイクはギルの膝裏と背中に手をまわして担ぎ上げた。いわゆるお姫さまだっこという格好で。
「オズ君、そこのドアを開けてくれませんか?」
「…ブレイクって意外と面倒見いいよね」
オズはそう言いながら寝室のドアを開ける
「意外とってなんですか。ワタシはこう見えて世話焼きなんですよ。ま、ギルバート君程ではないですけどね。 」
そう言ってギルをゆっくりベッドに下ろす。優雅でスマートな動作。
そしてブレイクは布団を丁寧にふわりとかけて、髪を少しだけ撫でる。ギルはまだ目を覚まさない。
「慣れてるね」
「そりゃ、昔なんてもっとやんちゃ盛りだったんですよ。よく泣いてよく怪我をしてよく倒れて。その度に介抱してましたからネ」
ため息まじりに言う様子を、ずるい、とこぼすとブレイクは驚いた顔をした。
「俺もギルに頼られたい。ギルを助けたい。愚痴とか聞きたい。弱味とか、疲れている顔とか見せてくれてもいいのに」
「この頑張り屋さんが誰のために頑張っているのか、しってるくせに」
それでもブレイクが羨ましいと言うと
「君達は無い物強請りが得意だ」
ブレイクはまた飄々と笑った。
もう少しギルを見ているからと伝えるとブレイクは部屋を出た
俺はギルの腕を掴む。細くて白い腕だった。薄くて軽そうな体。
眠り姫という言葉がしっくりくるぐらい、こんこんと眠り続けている。春の泉のように。ギル、と呼びかけてそっと唇に触れても、まだ瞼は開かない。ゆっくりと持ち上げようとしたけどビクともしない。
ああ、なんか非力だな、と感じた。なんだか無力だ、
とぼんやり思った。

耳を澄ますと、通りを行く自転車や自動車の音、庭師が小気味良く動かすハサミの音が聞き取れる。
部屋の中を午後の柔らかな光が包みこんでいる。壁の時計は無機質に時を刻んでいく。
「ギルバート」
オズはギルが寝ている小さなベッドに入りこみ、頬にもう一度口づけをし、そっと目を閉じた。
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