言うなればそれは星霜の葬列、泡のように幾度となく浮き上がりまた消えては産み出される感情を何度も噛み殺して、
草木の生えるごつごつとした岩肌をひたすらプレーンにする作業を行うように、劣情も後悔も、哀しみさえも屠ってきた。
それでも不運なことに端々から発掘される思い出の欠片は僕を混乱させた。失ったはずの感情が一気にまるで濁流のように押し寄せ、
自分のなかの何かを崩壊させ、呼吸すらままならなくなるので、その度に僕はじっと身を丸くして耐えなければならなかった。
 

草むらの影でうずくまってからどれほどの時間が経っただろうか、少なくもブレイクの声が頭上から降ってくるまで永遠にそこいただろうと思う。
そう、主人が帰っ来るまでずっと。
「こんなところにいたんですか。お嬢様が呼んでますよ」
そうため息をついたブレイク、ザークシーズ=ブレイク。僕をここに連れてきた張本人。
いつも不自然な笑いと、なにも知らない三枚目を演じる風貌にそれでいて人の核心をいとも簡単に抉り取る男。いけすかない男。
「わかりました…すぐ行きます」
「泣くほど辛いですカ」
屋敷に向かおうとした足をピタリと止めて振り返るとそこにはいつもの仮面のような貼り付いた笑顔はなく、ぞっとするほと冷たい眼をするブレイクがいた。
「…なんで」
「涙の跡ぐらい消しときなさいよ」
そういってブレイクは頬をなぞる。細い、やはり不自然に長い指が輪郭を確かめるように線を描き、僕は顔をしかめた。
「ねえ、ギルバート君、貴方が今歩いてるのは獣道ですよ。嘘には罰を、可憐に咲く花に毒を、自分に報いを向けながら進んでいくんです、
ねえ、ギルバート=ナイトレイ…そう呼ばれる度に動揺するんですね。残念ながらそれはあなたの名前、あなた自身ですよ、ナイトレイのご子息さま。
ベザリウスの主人を失い、鴉を手に入れた麗しき次期当主さま。ほら、そうやって傷ついて目障りにしくしく泣くぐらいなら今すぐ出ていきなさい」
「泣いてなんか…」
「責任のない嘘はつくな、とさっき言ったはずですが?」
そうぴしゃりと言われ言葉に詰まった。じわりとまた涙が出てきそうになるのを必死で堪える。
「足元すら覚束ないくせに。何処へ進む気なのですか」
「あなたには関係ない」
そう言って睨みを効かしブレイクの赤い瞳を見つめる。暫しの沈黙のあと、ブレイクはまた一つため息をついて
「…戻りなさい。」
と言った。
僕は小さくはいと返事をし屋敷に向かった。
お逃げなさい、手を汚すことのない綺麗な世界へ。と後ろでブレイクが呟いていたのを聞こえないふりをしながら。
 
 
 


ブレイクさんなりの優しさ(分かりにくい)を子ギルは全力でスルーするんだろうなという
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