こ.こ.ろパロです

 
 
 
恋とは罪悪です
そう言った先生は御友人の墓を撫でている時だけ、いつも孤独と寂寞に耐えている姿とは違っており、
口元に微かな笑みさえ浮かべていた。着るものはもちろん、普段は口にするものでさえちっとも執着しない先生が
「これは彼が生前好きだった花です」
と綺麗に切り揃えられ、朝露に美しく濡れた生花を慈しんだ目で見ているのを私はこっそり盗み見て、
どうしてだか、寂寥の念を駆り立てられた。先生は緩やかな動作で線香に火をつけ、芳ばしい香りが辺りに漂った。気温はまだ寒いものの、そろそろと若葉が萌え出でていた。

「その御友人とは仲がよかったんですね」
勝手に着いてきて、先生の大切なものを暴いてしまった罪悪感か、いつも以上に硬い言葉しか出てこなかった。
「はい、とても」
そう答えた先生の顔はとても幸せそうで、そのとき変に悲しくなった。そして大切な人の髪を撫でるように墓に触れた。
そしてその行為にまた何故か苦しくなった
御友人が何故亡くなったのかは先生は教えてくれなかった。ただ「恋とは罪悪です」「自分は淋しい人間です」と譫言のように言うだけだった。
だけど先生の御友人に対する情念は、どうしても憎しみのそれではないような気がした。
いや、むしろとめどない親愛の念がひしひしと伝わってた。先生のこうした微笑みも、底のないような瞳も、その友人が作ったのだろうと考えが頭を打った。
「御友人は、どんな方だったのですか」
「君は恋をしたことがありますか」
質問を質問で返され、俺は思わず言葉を詰まらせた。かわりにゆっくりと首を横に振った
「したいと思いますか」
俺はいいえ、と答えた。
「それはどうして」
「…俺には酷く愚かしいことに思えます。自分の感情を他人委ねるなんて。精神的に向上のないものです」
そのとき、先生ははっとしたように思えた。俺ではない、誰かを見るような
(それはきっと先生の御友人だったのだろう)
そしてどこか悲しい顔をした。心臓が、鐘を打つように鳴った。
「恋とは美しいものですよ、そして神聖なものです」
「なのに罪悪だと先生は仰るのですね」
先生は肯定の意味を込め、目をそっと伏せた。長い睫毛が目もとに陰りを作った。
線香の煙がいつのまにか途切れ、先生は煙草に火をつけた。幼子がたどたどしく道を辿るように白い煙が空を登っていった。
「これが彼の写真です」
しばらく何も話さない時間が流れた後、先生はそう言って懐から大事そうに封筒に閉まってある写真を見せてくれた。
屈託のない笑顔の持ち主の、太陽に照らされ黄金に輝く髪と瞳の色は自分によく似ていた。

 

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